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神戸地方裁判所尼崎支部 平成7年(ワ)508号 判決 1997年5月27日

神戸市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

竹田実

阿部篤

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

澤辺朝雄

主文

一  被告は、原告に対し、金一三五万八二五九円及びこれに対する平成七年八月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分しその二を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金四五二万七五三〇円及びこれに対する平成七年八月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対して、証券投資信託契約に基づいて交付した一〇〇〇万円のうち四五二万七五三〇円について、投資経験の豊富でない高齢の女性である原告に対し、十分な説明もせず、むしろ誤解を与えた被告社員の詐欺的勧誘行為は、適合性の原則に抵触し、かつ説明義務等にも違反し、債務不履行及び不法行為に当たるものであるとして、主位的には、被告の債務不履行を理由とする契約の解除(解約)に基づく不当利得返還ないし原状回復請求権に基づき、予備的には、被告の不法行為による損害賠償請求権に基づき、その支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実及び容易に認定できる事実

1  原告が昭和一〇年○月生まれの女性であって訴外株式会社保安機器(以下、「訴外会社」という)の代表取締役に就任しており、右訴外会社は工事用道路保安用品のリース等を業としている。商業登記簿に登載せられた右訴外会社の目的は、土木建設機械器具の製造販売、建設工事の保安用品の製造販売、建設工事用看板及び一般広告用看板の製造販売、建設機械器具類のリース業務、家庭用電気製品及び電気照明器具の製造販売、損害保険の取扱い代理業務、及び、上記に付帯する一切の業務となっている。

2  被告は、証券会社であり、B(以下、「B」という)、かって被告の西宮支店に勤務していたことがあり、原告が被告からファンド一九九三(八九-一〇)株式無分配型-信託期間満了日平成五年一〇月五日(延長後の信託期間満了日平成八年一〇月五日)を一〇〇〇口(一口一万円)(以下、「本件投資信託」という)を買付け、原告の右買付を勧誘しその注文を受けたのがBであった。

3  原告が代表取締役を務める訴外会社の本店が神戸市東灘区に所在し、Bが平成元年九月下旬右本店を訪問し、原告に対し本件投資信託買付の意向を打診し、原告と応対した。この頃、原告は、一億円近い定期預金を有していた。

4  原告は、本件投資信託買付以前に、昭和六一年八月二一日、コミニケーションファンド、昭和六二年六月一六日、フェニックスセレクトファンド、同年七月二二日レインボーファンド、並びに、同年八月一九日新システム八七-〇八の各投資信託を買付けていた。

さらに、右ファンドを含む、原告と被告との株式・転換社債の売買等の経過は別紙原告の金融商品売買経過表のとおりである。

5  本件投資信託の買付代金の銀行振込み手続きが平成元年一〇月四日行われ、その頃被告の銀行預金口座に振込まれた。

6  訴外Bが原告に対し本件投資信託のパンフレットを交付していた。

7  本件投資信託は、四年満期の単位型株式投資信託成長型のファンド一九九三(八九-一〇)と呼称せられるものであり、無分配型である。四年満期とは投資信託設定日より四年後の日に信託期間満了日、即ち、満期償還日が定められていることをいう。また、株式投資信託とはその運用の対象に株式が含まれているものをいい、単位型とは追加型に対するものであって、後者が最初に募集せられた信託の基金のうえに次々と追加設定を行って一個の大きな基金として運用するものであって、多くは信託期間がない反面原則として時価に基づく売買が自由であり、株式に準じた投資対象としての性格をもっており、信託期間の制約がなく、弾力性をもたせやすい時間的分散投資が容易であり、基金が単一であるため管理費用が軽減される等の利点を有するのに対し、単位型は募集された資金が一個の独立した単位として信託運用され追加設定を許さず、信託期間が定められている点に特色があり、投資者によって長期的な貯蓄対象としての性格が強く、運用面でも計画的な長期投資の実を上げ得る利点を存する。単位型株式投資信託にはユニット投信、ファミリー・ファンドと呼ばれる定期定形型商品と、株式普通型、規模別重点型、インデックス型等数多くの種類のスポット商品とがあるが、このスポット商品は商品性格により成長型、安定成長型、安定型の三種に分類せられている。成長型は株式を中心に投資するもので株式の組入限度に制限はなく、安定成長型は株式の組入限度を七〇%とするものであり、安定型は株式の組入限度を五〇%とするものである。また、無分配型とは信託期間の中途で収益を分配せず、信託期間満了時においてまとめて収益分配を行うこととせられているものである。さらに本件投資信託のクローズド期間は信託期間である四年間であって、信託期間満了時まで換金はできないこととなっているものであった。

8  Bは、原告より平成元年一〇月一三日松下電産の転換社債の買付の注文を受けて執行し、また、右転換社債の売付を同月二六日受注しこれを執行していた。

9  平成五年、被告西宮支店のC営業課長が、原告方を訪問し、被告が原告に対し本件について返金し得ない旨を述べた。

10  原告が平成五年九月被告西宮支店に来店し、同支店のD支店長とE総務課長に面会し、信託期間満了時に元金全額を支払うべき旨の要求をした。

11  被告は、原告に対し「信託期間延長についての説明書」「満期到来についての特別措置についてのお願い」と題する書面等を送付し、原告が右送付書面に対し被告に解約申込書を提出しなかった。その結果本件投資信託の信託期間は三年間延長され平成八年一〇月五日が期限となった。

原告が平成七年三月頃C課長に対し電話をかけたこともある。

12  本件投資信託の運用及び償還の状況は次のとおりである。

第一期(平成二年一〇月五日決算)

七〇七二円(二九二八円の下落)

第二期(平成三年一〇月五日決算)

七一五七円(二八四三円の下落)

第三期(平成四年一〇月五日決算)

五二一九円(四七八一円の下落)

第四期(平成五年一〇月五日決算)

六〇一二円(三九八八円の下落)

第五期(平成六年一〇月五日決算)

五七六〇円(四二四〇円の下落)

第六期中間(平成七年四月五日現在)

四八一三円(五一八七円の下落)

したがって、原告の一〇〇〇万円(一〇〇〇口)の投資を本訴提起の段階で解約により回収しようとすれば、四八一万三〇〇〇円の返還を受け得るに過ぎないところ、平成八年一〇月本件投資信託は償還が実施され、原告は被告より、五四七万二四七〇円の支払いを受けた。

13  原告は、本訴提起前に本件投資信託につき、近畿財務局に仲介申立書を提出した。

二  争点

被告に、次のような義務違反行為があることにより、被告の本件投資信託の勧誘行為は違法であるか。

1  投資信託の勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮すべきであるのに、被告はこのような配慮をせず原告にとっては適合性をそなえていない本件投資信託の販売を行ったか。

2  本件投資信託の商品内容、特にその危険性について十分説明をしたのか。

3  「利回り」という言葉を多用して、原告に誤解を生じせしめるような著しく不適切な勧誘行為をしたのか。

4  証券会社である被告は、投資家である原告に対し、忠実義務を負っており、投資者の意向等に合わせ、その商品を選択してもらう必要があるのに、一方的に本件投資信託のみを勧誘したことは、著しく忠実義務に反するのか。

三  当事者の主張

(原告の主張)

1 被告社員Bの原告に対する勧誘行為の実態は次のとおりであり、違法なものであることは明らかである。

(1) 原告はBに勧誘される以前において証券投資に全く関心を持たなかったし、また、Bの勧誘を受けた後も、証券投資への興味を深めてはいない。原告には十分な投資経験がないのである。

原告は本件投資信託購入を含め一度も被告会社を訪れて契約したことはなく、また、原告から取引を要望したことは一切ないのである。すべてBの勧誘を受けて取引していたものであって、このことはB自身が認めている。原告は自分からBに連絡したり、Bと約束して来てもらったりしたことはないのであって、原告の態度は常に「受け身」なのである。

原告に十分な投資経験があったとみるのは間違っている。

加えて、原告には、わずかに被告作成のパンフレットが渡されるだけで、原告が署名押印して作成する確認書等の類は一切ないのである。これも、原告の投資経験が深まらず、証券投資についての理解、特にファンド取引の理解が全くなかったことの一因である。逆に言えば、被告は、原告を賢い投資者として育成しようとしなかったことを意味している。

そうして原告が被告と取引をしたのも、被告の社員Bが昭和六一年六月ころに飛び込み訪問をして原告の会社に勧誘に来たのがきっかけである。B自身も、最初のきっかけについては、入社早々の飛び込み外交の研修で、原告会社を訪問したと認めている。一般的な研修を終えて早々であり、また、人使いの荒いことで定評のある被告のことであるから、いかにBが厳しい監督のもとに営業に歩いたか、おそらく必死で売り込みをしたことは想像に難くない。

(2) 最初、Bは、日立の株式を原告に対し勧めたが、原告はこれに対して「私は株は全く分かりませんのでと、お断りしました。」「私は、株はもう大嫌いですと、分からないので、もうずいぶん長い間お会いするのも避けていました。」として明確に断っている。Bも、最初に勧めた日立の株式が断られたことは認めている。その理由は、原告が株式投資の危険性を極度に嫌がったからであり、そのことはBも十分に認識していたものである。

(3) その後、昭和六一年八月、原告は被告から「コミュニケーションファンド」を購入したが、それは、「(Bが)これは株ではありません、とおっしゃったんです。ファンドというものですから株とは違います、とおっしゃったので、それで、全く損をするというようなことはありませんからお勧めできますよと、配当がすごくいいので、これをお持ちになりませんか、ということで、それまでに何度もいらしてたんで、株ではないんでしたらということで、最初はしました。」ということからである。つまり、Bは、原告が株式投資に対して明確に拒絶の意思を示したことから、「ファンド」という言葉を持ち出して、「株ではない」「野村證券に預ける」「銀行金利よりも少しいい利息がつく」「(預けたお金が戻ってくるかについては)もう絶対間違いありません、天下の野村證券ですから」等と話し、結局原告に、「ファンド」というものの仕組み、危険性などの本来説明しなければならない細かなところを説明しないまま、『ファンドは株とは無関係である』との原告の無知と誤解に乗じて購入させたのである。端的に言えば、原告への勧誘の決め手は、『ファンドは株とは違い、安全な商品である』ということだったのである。原告は、株式投資の危険性を強く危惧していたのであるから、売り込む側にとっては、原告に対して安全性を強調していけばいいと目算を立てるのは当然である。そうしてBもファンドの安全性を強調して原告に購入させたのである。入社一年目で必死の営業活動をしていたことを併せ考えれば、Bがどのような勧誘をしたかは察しがつくというものである。決して、十分な説明はしていないのである。本件投資信託取引も、右の延長線上にあるもので、原告は当然ながらファンドというものの仕組みと内容を全く理解できてはいなかったのであるが、それはBが、ファンドの売り込みに際して一度も必要な説明をしなかったからにほかならない。

2(1) 投資信託は、一般投資家に開かれたものであるにもかかわらずその内容が多種多様でリスクの程度が分かりにくい。一方、証券会社にとっては利益が大きく、外務員に厳しいノルマを課すなどして勧誘を奨励していたことに違法取引の危険性が内在しているのである。それがいわゆる「バブル経済」の波とその崩壊によって顕在化したのが一連の投資信託を巡る紛争である。

ここに紛争の背景となる原因が存在する以上、証券外務員(社員)の説明義務に関して言えば、厳しいものが要求されてしかるべきである。「説明義務などはない」といった被告の主張が許されてはならないし、パンフレットを渡したから十分である、といった程度で足りるはずはないのである。(ちなみに本件投資信託ではパンフレットは購入後に渡されている。)

(2) 被告は、原告の主張を「偏った立場」のものと批判し、またBも、「株式に比べまして、投資信託のほうが、分散投資もしておりますので、相対的にリスクは少ないと思います」と証言するが、バブル崩壊により株価が一斉に急落した場合には「分散投資」ということ自体意味をなさないものである。(当時Bがそういった認識で、原告を勧誘していたこと自体が強く非難されるべきである。「危険ではない」という認識で勧誘していたのであれば、到底説明義務を尽くすはずはないからである)

投資信託の危険性は、本件投資信託が結局半値近くまでなってしまったという現実によって十分に立証されており、そういった危険な金融商品を勧誘する際の説明義務等もこれを否定することはできない。

加えて、本件においては、原告は被告西宮支店に取引希望の電話すらしたことはなく、すべてBの勧誘、それも仕事中に飛び込みで来られての勧誘により取引していたものであって、もっぱら被告の都合で売り込みを受けていたのであるから、単に「説明した」というだけでは足りず、十分に説明を尽くして投資者の理解をもらい、投資者の要望で取引をしたという段階まで至ってはじめて説明義務が尽くされたことになるのである。

3(1) Bがファンドを原告に勧誘するに当たっての基本的な売り込みの文句は、「ファンドは株とは違う」「銀行金利よりも少しいい利回りで回ります」ということである。もちろん、具体的な言葉はもっと肉付けをして言ったものであろうが、基本的には原告が危惧する「株式投資の場合の株価下落の危険性」がないことと、「利益」の強調につきるのである。

(2) 原告はBから、「それはもう、本当にすごい、利率が一二・いくらとか言って、具体的なことをおっしゃいました。それで定期にしてるとそれだけはありませんから、定期よりずっといいですということで、それで、パンフレットを後日お持ちいたしますということでした」、また、損についても、「今までファンドで損をなさったことがありませんでしょう、それと同じように、今回はもっともっと規模が大きいので、野村證券もこれに賭けてるんですよ」「もうたくさんの方が買われて、ほとんど残っていないんですよ」等と言われ、それをそのまま信じて購入したのである。

原告はファンドについて何も理解できていなかったのである。

(3) 原告が、本件投資信託につき元本割れの危険性がないと認識していた何よりの証拠は、原告が本件投資信託の購入資金を、定期預金を解約して捻出したことである。絶対に安全だとの説明をBから受けたから、定期預金を解約したのである。原告には、本件投資信託は定期預金と同等の安全性を持つものと認識されていたのである。

Bも、「一九九三のファンドは、(定期預金を解約して充てたという)話は聞いております」と認め、定期預金よりも本件投資信託で運用しようという話しになったことを認めている。

(4) 常識で考えても、元本割れの危険性があります、と説明され、それでも買いますか、と言われて、一〇〇〇万円も投資する奇特な人がいるわけはない。状況的にも原告からBを呼び出したのではなく、Bが勝手に来て是非購入してくれとお願いして売り込みしてきたのであるから、ファンドの危険性など話ができるわけがないのである。

(5) なお、原告は、本件投資信託購入後に松下電産の転換社債を購入しているが、それはBから「お詫びの意味で」勧められたもので、わずか二週間で売却した。当然ながらこれで本件投資信託に関する被告の重大な義務違反が消滅するはずはない。

むしろ、本件投資信託の直後に、不自然な形で短期間だけの保有の転換社債を勧誘し、原告に利益を与えたこと自体、原告への懐柔策とみられるのであって、このことは、被告が自らの悪質な違法勧誘の実態を当時すでに認めていたことを意味するものである。

(6) ところが、Bは、ひとつのファンドで二、三時間はお話してると思う、株式一〇〇%の組入なので値下がりの可能性はあると説明した、利回りが何%というのは運用の結果でないと分からないので明示はしていない旨証言している。

しかし、その説明は明らかな虚偽であって、「危険」「リスク」といった言葉を出すだけで(もっとも、当時「リスク」といった言葉は使っていなかったはずであるが)勧誘に失敗することは明らかで、厳しいノルマを背負った営業社員がそんなことを言うはずはないからである。

そうして、そのような利益を説くだけの説明であれば、一五分もあれば十分だからである。人の仕事中に約束もなしに突然やって来て一時間ほども説明したというのは理屈に合わないのである。

(7) 加えて、本件でBは、「大きく値下がりしたという仮定はしてないと思います」としながらも、「値下がりの可能性はありうるということは説明してます」と答えたにもかかわらず、原告代理人から、「そうするとどんどん値下がりしていったらどういう対処の仕方があると説明しましたか」と聞かれ、全く答えられなかったのである。

結局、B証言によれば、「このファンドはいくら値下がりしても、大きな損を被っても、これはもう四年間はどうしようもありませんよ」と原告に説明したところ、原告は喜んでこれを購入したということになってしまう。

4 以上の事実を踏まえると、被告には次のような義務違反がある。

(1) 適合性の原則違反

その内容でもっとも重要なのは、投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行なわれるよう十分配慮することであるが、これについて被告に重大な義務違反があることは明らかである。

そもそも原告は、自ら証券投資を希望したものではなく、いわばBの「押し売り」にあったようなものである。

しかも、最初に日立の株式を勧められて、株式の危険性をあげて断っているのであるから、原告の意向を十分にBは知っていたはずである。その上で、Bは、「いくら値下がりしても、大きな損を被っても、これはもう四年間はどうしようもありませんよ」という本件投資信託を原告に強く勧めたのである。元本割れの危険があり、なおかつ、四年間も解約できないという(その合理性には強く疑問を感じるが)本件投資信託が、原告の意向に全く適さないことは明白であり適合性の原則に著しく反する違法なものである。

(2) 説明義務違反

原告は、その証言内容及び証言の態度からも明らかなとおり、証券取引に全く精通していない。そういった原告に、リスクのあるファンドを勧誘するに当たっては、当然ながら商品の内容、特に危険性を正確に説明し、理解を得ることが必要である。殊にファンドの場合、そのリスクの程度や質は千差万別であるにもかかわらず、それらが「ファンド」といった語感から内容を把握できない言葉に置き換えられ、あやふやなままで取引されていた当時の状況からすれば、慎重な説明が必要となることは明らかであるところ、これが全く不十分であったばかりか、Bが積極的に「元本割れなんてとんでもない」と説明していたのである。

(なお、原告の認識を補足すると、「ファンド」というものは各証券会社が運用するもので、元本は各証券会社が個別に保証してくれるものと理解していたものである。もちろんこれもBの説明に基づいて原告が理解したところではあるが)

Bは、原告に「ファンド」といったものを理解させるだけの十分な説明をしなかったことは当然として、その利益を説く以外何も説明はしていないのであるから、説明義務に著しく反していることは明白である。

5 不当勧誘の禁止

Bは、勧誘に際して、「利回り」と言う言葉を多用している。これに対し、Bは、その証言では、確定的な利回りは言えないという意味で使ったとしているが、「利回り」という言葉を使用したこと自体は認めており、原告に誤解を生じさせるような著しく不適切な勧誘行為をしたこともまた明らかである。

6 勧誘に当たっての忠実義務違反

証券会社は、投資家に対して忠実義務を負っており、例えば、勧誘に際しては、投資者の意向に合わせて類似する商品を示しながら、その中で投資者に選択してもらう必要があるところ、Bは、本件投資信託について、期間が四年というのは長いと原告が言ったのに対して、「商品を替えることはできませんでしたので……」と暗に会社からの命令(ノルマ)で特定銘柄を勧誘していたことを認めている。選択的な提示など原告にしたことは一度もないのである。その勧誘姿勢は、著しく忠実義務に反することは明白である。

7 解除、解約の正当性

(1) 契約後の平成元年一〇月六日、本件投資信託について、Bはパンフレットを持参したのである。Bは、結局一〇〇〇万円を振り込んでからパンフレットを原告方に持参したのである。

つまり、Bは、本件投資信託に関して、パンフレットなど示さずに原告への勧誘を繰り返していたのであって、それ自体が、説明義務を尽くさなかったことを裏づけるものであるし、また、パンフレットを見せて十分に説明したというBの証言が虚偽であることを鮮明にするものといえる。

(2) 加えて、その後一〇月九日に、原告は、被告支店のB宛に電話をしたが、Bが不在のため、直属の課長に解除ないし解約(の申入れ)をしたのである。なお、その課長であるが、原告は、しっかり覚えてはいないながらも、「F」という名前に聞き覚えがあり、当時のBの直属の営業課長でもあることから、F課長と思われる。

(3) 原告は、すでにこの時点で解除ないし解約(の申入れ)をしていたものである。すでに十分な解除事由(被告の契約上の義務違反)が存在し、解除、解約(の申入れ)もしていた以上、本件投資信託購入契約の解除、解約が正当として認められるべきである。

8 右各悪質かつ重大な違法が、被告の契約上の義務違反を構成し、解除ないし解約(申入れ)の正当事由となることはもちろん、健全な商取引慣習(公序)を逸脱した違法な勧誘として不法行為となるものである。

そうして、原告はこれにより金四五二万七五三〇円の損害を被り、その損害のすべてはBの違法勧誘行為に起因するものであるから、Bに故意(少なくとも重大な過失)が認められることも当然である。

被告にはBの使用者として使用者責任が認められるという面と、厳しいノルマを営業社員に課して違法勧誘をさせたという自らの不法行為の両面がある。

(被告の主張)

1(1) 原告がBに対し株に投資する意向のないことを告げた事実はなく、逆に原告は本件投資信託を買付ける以前においてNTT、石川島播磨の国内株は勿論、ブリティッシュガス、ダンアンドブラッドの外国株を買付けている外、昭和飛行機、永谷園の各転換社債を買付けているのであって、原告が株に投資する意向がなくその旨をBに告げたという原告の右主張、並びに、原告が本件投資信託買付以前に株式投資の経験がなかったという原告の主張は、いづれも、原告が本件投資信託以前に行った取引から見て事実を歪めるものである。

(2) さらに原告は女性ではあるが、昭和一〇年○月○日生まれであって本件投資信託を買付けた平成元年一〇月二日当時五四才であり、高齢者というよりは寧ろ多年の人生経験を有する分別盛りの年齢というべきである。しかも、原告は女性ではあるものの、通常の男性を超える企業経営者としての社会経験、並びに、企業経営能力を具有する人物である。即ち、原告の離別した夫は有限会社保安機器の代表取締役として同会社を経営して来たが、右会社は昭和五一年多額の負債を抱えて倒産するに至った。原告は、昭和五四年、その夫と離婚したうえ右会社の代表取締役に就任し、多額の負債のため倒産した右会社の再建を図り、右会社を株式会社に改組し一億五〇〇〇万円乃至二億五〇〇〇万円の売上実績を示す会社に再生せしめたのであって、平成七年一月の阪神大震災当時までに有限会社保安機器(商号変更により有限会社●●●●)名義をもって神戸市<以下省略>に約五〇坪の土地、及び、同地上の二階建建物を所有し、原告個人としても神戸市<以下省略>に自宅の土地建物を無担保で所有し、そのうえ一億円に近い定期預金を有するに至ったのである。

このように原告は女性ではあるが通常の男性の幾倍かの人生経験を積み、通常の男性の幾倍かの企業経験手腕を発揮して来た人物であるといい得るのである。

(3) しかも、特に注目しなければならないのは原告が本件投資信託を買付ける以前においてコミュニケーションアンドネットワークファンド、フェニックスセレクトファンド、レインボーファンド、新システムポートフォリオ八七-〇八の各投資信託を買付けこれを売却し、いづれも利益を収めていることである。原告にこれらの投資信託を案内した際、Bが行った説明に加えて投資信託の買付、売却を幾回も経験したことによって投資信託の仕組み、内容、特性を実践的に知悉した筈である。

(4) さらに原告は、本件投資信託はハイリスク、ハイリターンの商品であるというが、投資信託は一般に投資家が拠出する資金をまとめて、大蔵大臣の免許を受けた有価証券運用の専門家である委託会社が運用方法を研究、決定し、この決定に従って信託受託の専門家である受託会社が運用し、その運用益を投資家に分配するよう構成されているのであり、右運用に当たっては単一銘柄の有価証券に投資した場合、その価格の下落によって発生するリスクを分散回避するため、複数種類、及び、複数銘柄、若しくは複数銘柄の有価証券に投資するよう構成せられているのである。従って、投資家がその判断によって値動きのある特定銘柄の有価証券に投資する場合に比して投資信託は寧ろローリスク、ローリターンの商品であると言わなければならないのであり、本件投資信託においてもその例外ではない。

(5) 以上のように有価証券取引歴、社会経歴、社会経験、及び、資産を有する原告に対し、以上のようなリスク度合の低い本件投資信託を勧誘することが適合性の原則をもって問議せられる余地は、どのような見地に立っても存しない。しかも、いわゆる適合性の原則と言われるものは本件投資信託の買付けが行われた平成元年から約三年後の平成四年に行われた証券取引法の改正による同法第五四条第一項第一号に取り入れられた規定に基づくものであって、右規定において有価証券取引について顧客の知識、経験、及び、財産の状況に照らして不適当な勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、または、欠けることとなるおそれがある場合には大蔵大臣が証券会社の業務の変更等を命じることができると定めているところから導き出される原則であると言われている。従って、本件投資信託の買付当時にあっては原告の言う適合性の原則なるものが原則としての形で一般に認識せられていたものとは考え難く、原告が言うようにこれに違反する行為が、即、不法行為における違法性を具有するとするような立論はなし得ないところである。しかも右証券取引法の規定は行政法規の一であって、有価証券取引において顧客と証券会社との間に行政的ルールを設定し、右取引における紛議を未然に防止し、その円滑な実施を図る目的をもって定められているものであって、右規定の違反が、直ちに、不法行為における違法性を惹起するとするような議論も、また、失当である。

2(1) 原告はさらにBの本件投資信託勧誘について説明義務違反があり、また、不当勧誘禁止義務違反があったと主張し、Bは「(株の話でなく)ファンドの話です。この地域の方は皆さん買われています。お勧めできるのもあと何人かしか残っていません。」などと言い、本件投資信託が株式投資と無関係であるかのごとく思わせて基本的な取引内容(重要事項)につき誤解を生ぜしめる表示をし、かつ、「特にこんな良い話はありません。これまで(NTT株では)迷惑を掛けていますが、今回は保証いたします。私が責任を持ちます。」と言い、損はしないかとの問いかけに対しても「損なんてとんでもない。画期的なものです。今までこんな素晴らしいものは出したことがありません。」など、元本保証と誤解される表現をしたと主張している。

しかしながら原告の本件投資信託勧誘についてのBの言動に係る主張はすべて事実無根のものである。

(2) 被告が、本来、本件投資信託の勧誘に当たってこれを説明する義務を負担するものでないが、Bは以下に述べるとおり事実上十分な説明を行っている。原告は前述のとおり本件投資信託を買付ける以前においてコミュニケーションアンドネットワークファンド、フェニックスセレクトファンド、レインボーファンド、新システムポートフォリオ八七-〇八の各投資信託を買付けているのであるが、その買付に際してBは右各投資信託についてパンフレット、社内資料、受益証券説明書を交付し、右書類に基づいて何回も説明を行い、その結果、原告は右各投資信託の仕組み、内容、特性を知悉したうえでこれを買付けているのである。従って、原告は本件投資信託を買付ける以前において、既に投資対象に株式のように値動きのあるものが含まれている投資信託においては元本が保証せられていないことを知っていたものである。

(3) 原告は、その本人尋問の結果において、Bよりこれらの書類の交付を受け、説明を受けたことが本件において自らの不利益を招くが故に、極力秘匿しようとしていたものの次第に動揺を見せ、遂には右書類の受領及び説明を受けた事実を自認する供述を示しているのである。

本件投資信託より前に買付けた投資信託について原告の本人尋問の結果において、主尋問に対してはどの銘柄か不明ではあるが一枚のB4大のザラザラした資料において行ったに過ぎないとしていたが、反対尋問に対しては買付けたすべての銘柄について資料の呈示を受けたことを述べ、補充尋問に至って買付けたすべての銘柄についてBより事前にパンフレットの交付を受け、かつ、説明を受けて買付けた事実を自認するに至っているのである。原告が交付を受けたことを自認するパンフレットには、乙第六号証の一、乙第七号証の一、乙第八号証の一に見られるように、いづれも「値動きのある証券に投資しますので元金が保証されているものではありません。」との記載がなされているのである。なお、Bは、これら投資信託の勧誘にあたって、原告の自認するパンフレットの外に受益証券説明書、社内資料等を交付して説明を行っていた。

(4) レインボーファンドを除く投資信託については買付けの約三週間前から複数回訪問し、面会のうえ夫々の投資信託の説明を尽くしており、レインボーファンドについても事前に電話で説明を行ったうえ、訪問してさらに説明をしている。しかも訪問の際の説明は一回について約一時間を費やしているのである。

以上のように原告は本件投資信託の買付以前に買付けた前記各投資信託を購入するに当たって、Bより夫々について事前に複数回、受益証券説明書、パンフレット、社内資料等の交付を受け詳細な説明を聞き、そのうえその買付及び売却を経験している。従って、原告は本件投資信託買付時においては投資信託の基本的な仕組み、内容、特性、特に株式のように値動きのあるものが投資対象に含まれているときは元本は保証されておらず、元本割れを生ずるリスクのあることを熟知していたものということができる。

原告は本件投資信託を平成元年一〇月二日買付けているのであるが、Bは右買付日の約三週間前から二回ないし三回原告を訪問して本件投資信託の説明を行ってその買付の意向を打診している。右説明には本件投資信託の受益証券説明書、パンフレット、及び、社内資料を交付し、これらに基づいて行った。その説明当時、関西空港、ハーバーランド、明石海峡大橋等の関西における大型プロジェクトが実行に移され、関西経済の活性化が注目されていたところから関西企業株を投資対象とする投資信託であり、償還期限は四年、同期限までの全期間クローズドであること、関西企業株であるから投資対象がいきおい小型株となること、また、数多くの株に分散投資をすること、株にのみ投資するので投資信託の価格が下落することもあり、元本は保証されていないこと等を内容とするものであった。

Bの勧誘に対し原告は当初クローズド期間が四年という比較的長期であることに難色を示していたが、前記の大型プロジェクトの完成予定時期に着目してその買付を注文したのである。

(5) 原告は、本件投資信託買付けに先立って受益証券説明書、パンフレット社内資料の交付を受けておりながら、これが本件において原告にとって極めて不利益な結果を招くこととなるので、右買付後になってBから本件投資信託のパンフレットを受領した旨主張している。しかしながら、説明書、パンフレット、社内資料等勧誘対象商品を説明する資料は営業マンにとって不可欠の装備であって、原告が本件投資信託以前に買付けた投資信託の場合には、前述のとおりBは買付前にこれらの資料を交付している。

にもかかわらず本件投資信託に限って買付前にこれら説明資料を交付しておらないというようなことは到底考えられないところである。Bが常時説明資料を持参していたとし、さらには、前に引用したパンフレットを本件投資信託を含め投資信託を買付ける都度、事前に交付を受けたことは、原告の本人尋問において自認するところである。Bが原告に交付して説明を行った受益証券説明書は乙第二号証であり、パンフレットは乙第三号証であり、社内資料は乙第四号証であって、乙第二号証には本件投資信託設立の趣旨、特色、運用の基本方針、投資の手引、費用税金、約款の主な内容、運用体制、投資信託の基本的説明、各種の投資信託の紹介が詳細に説明されており、表紙の裏面には「株式投資信託は、株式など値動きのある証券(外国証券には為替リスクもあります)に投資しますので、元金が保証されているものではありません。」と記載されており、乙第三号証には本件投資信託は関西企業を中心とした株式に投資するものであり、償還期限、クローズド期間共に四年であること、税金についての説明等が述べられている外、裏面には本件投資信託は「値動きのある証券に投資しますので元金が保証されているものではありません。」と記載せられているのである。

(6) 以上のようにBは本件投資信託について、受益証券説明書、パンフレット、社内資料の交付、及び、二ないし三回にわたって(一回について約一時間)行った説明により、十分に本件投資信託についての説明を尽くしている。一方、原告も以前に買付けた投資信託について受けた証明、並びに、その取引経験に加えて右のようなBの本件投資信託にかかる説明により本件投資信託を十分に理解して、その買付を行ったものである。従って、仮に、被告において本件投資信託についての説明義務があるとしても、その義務は完全に尽くされている。

3 原告は前に述べたとおり、被告において昭和六一年八月二一日コミュニケーションアンドネットワークファンド三〇〇口、三〇〇万円を買付け、昭和六二年八月一九日新システムポートフォリオ八七-〇八を五〇〇口、五〇〇万円を買付けており、前者は昭和六三年九月一九日三三一万八六二七円で売却して三一万八六二七円の利益を上げ、後者は平成元年八月二八日五五八万〇七〇八円で売却して五八万〇七〇八円の利益を得ている。従って、前者は一年間の利回り率は五・一%、後者の一年間の利回り率は五・五七%に止まるのであるが、原告は、右各買付けの際、Bが利回りは年一〇%を下らない旨を述べたとしている。

しかしながら、原告は、コミュニケーションアンドネットワークファンド、及び、新システムポートフォリオにおいてBが述べていた利回りより現実の利回りが著しく低率であったにもかかわらず、利率が年一二%以上であるとのBの言葉に従って、福徳銀行において定期預金を担保に一〇〇〇万円を借受け、これをもって本件投資信託を買付けたといい、さらに、本件投資信託を含め、その買付けにかかる投資信託を定期預金のようなものと認識していたというのであるが、いづれも信用しがたい。

4 以上述べたとおり、被告は、原告に対して、本件投資信託を勧誘することにおいて、適合性の原則違反を問責せられる余地は全くないし、また、Bの原告に対する本件投資信託の勧誘行為において、説明義務違反、不当勧誘禁止義務違反を問われる点も一切存しないのである。

第三争点に対する判断

一1  原告が昭和一〇年○月生まれの女性であって訴外会社の代表取締役に就任しており、右訴外会社が工事用道路保安用品のリース等を業としていること、一億円に近い定期預金を有していたこと及び原被告間において、原告の金融商品売買の経過表(以下、「経過表」という)のとおり、ファンド、株式、転換社債の取引がなされたことは当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果によると、原告の離別した夫は有限会社保安機器の代表取締役として同会社を経営して来たが、右会社は昭和五一年多額の負債を抱えて倒産、原告は昭和五四年、その夫と離婚したうえ右会社の代表取締役に就任し、多額の負債のため倒産した右会社の再建を図り、右会社を株式会社に改組し年商一億五〇〇〇万円ないし二億五〇〇〇万円の売上実績を示す会社に再生させたこと、平成七年一月の阪神大震災当時までに有限会社保安機器(商号変更により有限会社●●●●)名義をもって神戸市<以下省略>に約五〇坪の土地ならびに同地上の二階建建物を所有し、原告個人としても神戸市<以下省略>に自宅の土地建物を無担保で所有していること及び銀行の定期預金の金利より利回りのよい金融商品に投資することを意図していたことが認められる。

2  右経過表からも明らかなように、原告と被告は、本件投資信託を購入する約三年前から取引をするようになり、原告は既に次のような取引経験を有していた。

(1) コミュニケーションファンド、フェニックスセレクトファンド、レインボーファンド、システム87-08の各ファンドを購入し、そのうちコミュニケーションファンド、レインボーファンド、システム87-08は売却し売却益を得た。

(2) ブリティッシュガス、NTT、ダンアンドブラッド、石川島播磨重工業の各株式を購入し、ブリティッシュガス、石川島播磨重工業では売却益を得たが、ダンアンドブラッドでは売却損を出した。

(3) 昭和飛行機、永谷園の各転換社債を購入し、昭和飛行機では売却益を得たが、永谷園では売却損を出した。

(4) 本件投資信託購入後しばらくして、松下電産の転換社債を購入したが、二週間ほどで売却し売却益を得た。

3  乙一及び原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(1) 原告が昭和六二年三月一七日に購入したNTT株は、その後下落し回復しないまま、本件投資信託購入後の平成元年一二月に購入価格の半値程度で売却され、原告は同日昭光通商の株式を購入した。

(2) 原告は、昭和六二年一〇月二〇日のいわゆるブラックマンデェーに株価が大暴落したことを、その頃知っていた。

4  以上の事実によると、原告は、本件投資信託購入当時、少なくとも通常の一般人程度以上の社会経験、判断力、相当の資力、(有価証券の売買にともない利益を得るだけではなく損失も被るものであるという)投資経験を備え、銀行の定期預金の金利より利回りのよい金融商品に投資する意図を有していたのであるから、このような者に対し、本件投資信託の勧誘や販売を行ったことが、直ちに適合性を備えない者に行われたもので違法であるとまでいうことはできない。

二  次に、本件投資信託の危険性、特に元本保証がなされたものでないことについて、必要な説明がなされていたかについて検討する。

1  右に述べたように、原告は、本件投資信託購入以前に既にファンドの購入・売却の経験を有していたのであるが、証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠は採用できない。

(1) 本件投資信託を含め、原告がファンドを購入するに当たっては、ファンドの特徴を説明し、販売促進を主要な目的とするものではあるが、元本を保証するものではない旨の記載が一応なされた(ただし、その位置、活字の大きさ、他の説明とのバランスなどからすると、一瞥しては認識しにくいものではある[一般投資家の誤解を防ぐ観点からすると、少なくとも今日の時点では、パンフレットの記載のあり方については、利益のでるケースなどそのファンドのメリットを強調すること等能書きにその紙面の大半を費やすのではなく、元本割れのケースなども具体的に明示し、いわばその副作用や禁忌についてその危険性の認識に現実性をもたせるなどの工夫が望まれるものではある])パンフレットが交付されてはいた。

しかし、一方、一〇〇〇万円ものファンドを購入するのに、原告のような社会的経験・取引経験・資産を有するものが、駆け出しの証券会社社員から、パンフレットの交付は勿論資料の提供も受けず、ほとんど口頭のみの説明で購入したということは考えられないところである。

(2) 原告は、少なくとも、本件投資信託より前のファンドを購入したころ、そのファンドについての(元本を保証するものではない旨の記載が一応なされた)受益証券説明書の交付を受けたことがある。

2  右に述べたように、原告は、過去にファンドを購入・売却し、利益を得た経験を有し、それが主に有価証券の価額の上昇によってもたらされたものであることは知っていたはずであるし、それらのことやさらに各パンフレットや受益証券説明書にはそのファンドの特徴や元本保証をするものではない旨が記載されていたことからすると、本来投資信託の購入に際しても当然このことは知っていたものというべきである。

元本保証するものでないこと及び本件投資信託の特徴(株式一〇〇%、クローズド期間四年など)について、説明や認識のないまま購入したものである旨の原告本人尋問の結果は以上の諸事実に照らすと採用できないのであって、十分かどうかは別として、説明をしたとするB証言を採用せざるを得ない。(右パンフレット等の記載のあり方やBの説明からすると、元本保証するものでないとされていることについての印象は薄いものではあった)

3  原告は、被告から購入した株式や転換社債について、取得原価を割って売却損を出す取引を経験し、その具体的危険性を認識しているし、本件投資信託購入後ではあるが、下落傾向にあったNTT株を売却損を出して売却しておきながら、同日株式を購入しているし、さらには、松下電産の転換社債を購入し短期間に利益を出し売却していることなどからすると、当時の原告の意向としては、収益性も決して軽視していなかったことが窺えるのであって、あくまで絶対的に元本保証にこだわっていたものとは認められない。

したがって、以上のことからすると、本件投資信託について、Bは、それが元本保証されるものでないことを、説明していたし、原告にもその認識があったのであって、この点のみからでは直ちに違法とされるような義務違反はないものというべきである。

三1  しかしながら、証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によっても、本件投資信託購入に当たっての説明において、Bが「利回り」という言葉を用いて説明していたこと、原告は銀行の満期の近い定期預金(甲三の二によると、利率は年四・五九〇%であったと認められる(を担保にして短期の借り入れ(甲二の三によると、利率は年五・〇九〇%であったと認められる)まで起こして購入を決意したことが認められ、右説明の中で、見込みないし予測として銀行の定期預金の金利以上の利回りで回るか否かについてのやりとりや、将来の利回り、一般金利、景気、株価などの動向や予測についても原告とBの間で意見がかわされていたであろうことは推測するに難くない。

2  しかしながら、以上の争いのない事実及び認定の事実を総合しても、原告は本件投資信託のファンドとしての特徴を認識したうえで、自己の投資目的に適うものとして購入することにしたものであり、Bも、原告の社会経験、判断力、相当の資力、投資経験、意向などを踏まえたうえで(それにそったかどうかは別として)勧誘したもので、原告が本件投資信託を購入する決意にいたったのは、Bの説明を聞き、安全性、収益性、危険性などを総合考慮しても、なお本件投資信託が銀行の定期預金よりも投資対象として優れているとの判断があったものと推認するに難くない。

すなわち、その利回りが銀行預金の利率を上回るということ、パンフレットの上などでは元本保証されたものではないとなっているが、実際には元本割れというような事態は到底起こり得ないものとの認識・判断があったからこそ、購入の決意をしたのであるというべきである。

ところで、Bが説明に際し使用したとされる本件投資信託のパンフレット(乙二)、受益証券説明書(乙三)及び社内勉強用資料(乙四)によると、証券投資信託の分散投資により危険性を小さくすることによる妙味があること、急成長が期待される関西企業を中心とした株式に投資し、積極的運用をすること、関西経済は主要プロジェクトが一九九三年ころに開花することなどが記載されているのみで、どの程度の収益が見込まれるかについての具体的な数字やその根拠は勿論のこと、どのような場合に危険が予測されるとか、その程度や回避するために講じられる手当の有無・内容についての説明はなされていない。

それなりの社会経験・投資経験を有する原告が、右のような抽象的な漠然とした説明のみで、一〇〇〇万円という多額の本件投資信託の購入を動機づけられ購入の決意にいたるということは考えられないのであって、それには、むしろ被告の大手証券会社という社会的信用を背景にしたBからの「銀行よりは、よい利回りである」「危険はありません。元金は大丈夫です。信用して下さい。」「野村證券もこれにかけています。」「早く購入しないと殆ど売れかかっています。」などという説明・勧誘行為が何回かなされたことから、原告は、元本保証されたものではないということをいわば意識の外に追いやられた状態に陥り、抽象的には元本保証がなされたものでないという抽象的危険性の認識はあったか、あるいはそれを失念していたとしても、実際には元本割れという事態など本件投資信託では起こり得ないものであって具体的危険性はなく、少なくとも銀行金利以上の利回りのものであると動機づけられ、それを信じ込み購入を決意するにいたったものと推認するのが相当である。

以上の事実からすると、当時Bが原告に対して行った説明・勧誘行為は、原告に右のような誤った動機づけを行うべく意図的に、断定的・一方的・片面的・楽観的な内容のものがなされたのであって、具体性や合理的な根拠を欠くものであった。

このような説明・勧誘行為は、かえって原告に誤解を生じさせるものであって、むしろ説明義務を尽くしたことにはならないのであって、著しく不適切な説明・勧誘行為であり、むしろ実質的には説明義務に違反する違法なものであるというべきである。

そうすると、右のような原告には社会経験、判断力、相当の資力、投資経験、意向があったとしても、原告は機関投資家ではなく、株価や経済の動向について特に一般大衆投資家以上の情報・判断力を持っているとまでいうことはできないのに、そのような情報・判断力を持つことのできる立場にある被告や被告の社員であるBは、意図的に、断定的・一方的・片面的・楽観的な内容の勧誘行為を行ったものというべきである。(証券会社は、その社会的責任として、一般投資家に対し、一定の誠実義務・忠実義務を負うものとしても、本来証券会社の社員に対し、証券会社の販売方針や利益追求を離れてそれを求めることは極めて困難であるし、各投資家の諸条件や立場を把握することも困難である。また、それには極めて高度の知識・分析力・判断能力や倫理性が求められることになるのであるから、それを有効に実現するためには、証券会社に対し、具体的危険性告知の書面交付の明確化、各金融商品のリスク評価の標準化及び格付化とその開示や他の金融商品との比較説明、顧客管理のあり方の見直しやその開示、社員教育、外部監査などがまず行政的に求められ規制がなされるものとしても、私法上も、その当該投資家の社会経験、判断力、相当の資力、投資経験、意向からみて、明らかに著しい社会的相当性の逸脱があった場合には、違法性を帯びることになるが、原則として一般投資家に対しては、それに即応した程度の誠実・忠実な説明をすることが求められているものと解するのが相当である。)

四  本件のような投資信託の販売に当たっても、その特徴に鑑みると、証券会社やその使用人は、投資家に対して、投資家が当該取引にともなう危険性について正しい認識を形成することを妨げることのないようにするとともに、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験などに照らして明らかに過大な危険を伴う取引を、意図的に、断定的・一方的・片面的・楽観的な内容の情報のみを提供し、一般投資家保護のための具体的で十分な説明をしないまま、積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務は勿論、具体的な認識を持たせるために、収益性、安全性についての具体的根拠(一般経済・株価などの需給動向、価格の変動・形成要因やその過去・現在の数値・性向、将来の短期的・長期的予測などについて少なくとも通常一般人が経済的な合理的判断・決定ができるだけのものが望まれる)を示し、投資家が自己決定に当たって、その判断を誤らないように、誠実・忠実に説明する義務があるものというべきであり、証券会社やその使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他の当該取引がなされた具体的状況の如何によっては、私法上も違法なものとなるものというべきである。

五  右のとおり、以上の争いのない事実及び認定の事実を総合すると、Bの勧誘行為は、社会的相当性の逸脱、すなわち社会通念上外交活動一般に許された範囲をこえたものであったもので、違法な勧誘行為があったというべきである。右認定に反する証拠は採用することができない。

そうすると、被告の本件投資信託についてのBによる勧誘行為は、少なくとも過失による不法行為責任を生じせしめるに足る義務違反であるから、被告はその使用者責任を負うべきものであるから、原告の被った相当因果関係のある損害(損害額四五二万七五三〇円)を賠償すべき責任があることになるが、原告の社会経験、判断力、相当の資力、投資経験などからすると、原告もそれなりの判断力を備えているのに、安易にBの説明を信じ、特に調査などもしなかったこと、満期後の損失回避行動についてもその可能性がなかったわけでもないことなどを、総合考慮すると、原被告の過失割合は、原告が七割、被告が三割と認めるのが相当である。(なお、本件勧誘行為は、右のとおり違法なものであるが、それは契約締結の誘因行為に止まり、右のような諸般の事情を踏まえても、不法行為責任は別として、債務不履行責任は発生しないものと解する)

第四結論

したがって、原告の請求は右の限度で相当であり理由があるが、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、仮執行宣言は相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田豊)

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